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2011.09.29

あっけらかんと咲く薔薇から、何かを教わっている気がする。

一昨日、薔薇の花束を頂戴した。

クール便で届いた時にはまだつぼみが固まっていたのに、水揚げをして花瓶に生けた途端、あれよあれよという間に螺旋が緩んで、やがて、「まだ開く気ですか?」と言いたい位にパッカーンと咲いた。 一番外側の花弁など、開きすぎて中心に沿うことすら忘れてしまい、反対向きにカールして下を向く有様で、呆れるやら苦笑するやら。 だいぶ秋らしい気温になってきたけれども、花を保存するにはまだ暖かすぎたのかもしれない。

おかげで良い香りがそこはかとなく漂っている。 卓上に花を飾ることはあっても、普段はそこら辺に自生している「野の花」や「実もの」がほとんどだし、花屋さんに行っても薔薇を選ぶことはまず無いので、しばらくの間は違和感が強かったのだが、馥郁とした香りに包まれている内に、ああ薔薇も素敵な花だったな、と、すっかり洗脳されてしまった。 気品高くて普段着では近寄りがたい印象も、こんな風にあっけらかんと開いてくれたのを見ると、急に親近感が沸くから不思議なものだ。

この調子では果たしてあと何日持ってくれるのか、気がかりではある。 でもまあ、気持ち良さ気に命を満喫するかのように咲いているので、もうそれだけで充分なのだろう、とも思う。 よしよしとばかりに、毎朝こちらも気分良く、水切りをしてお世話させてもらっている。

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2011.09.23

サトイモとイカと。

ピンポン玉よりひと回り小型のサトイモが、びっしり袋に詰まって売られていた。 ああ、いつの間にかそんな季節になったんだな、と、思う。 大きな台風が縦断してから、めっきり秋らしくなってきた。

隣の魚屋さんを覗くと、立派なスルメイカが特売。 渡りに船とばかりに一杯包んでもらった。 身長もさることながら、肉厚で、むっちりしている。 「よく育ちました!」と、褒めてあげたいくらいだ。

なので、「サトイモとイカの煮物。」

  • サトイモの小芋  10個程度
  • イカ         1杯
  • 砂糖と醤油    大さじ1ずつ
  • 酒          適宜
  1. サトイモは皮を剥き、分量外の荒塩で揉んでから水に入れて下茹でする。 5分ほど茹でてからザルに上げ、水洗いしながらぬめりを落とす。
  2. イカは内臓を取って骨を抜き、1cm弱幅の筒切りに。
  3. 芋が重ならない程度の大きさの鍋に、1のサトイモを入れ、酒を適当に(大さじ1以上)注ぎ、水を足してひたひたにする。 砂糖を加えて火にかけて、沸騰したら弱火にして5分ほど煮る。
  4. イカを加えひと煮立ちしたら、灰汁を軽く取って醤油を加え、煮詰めてゆく。 10分から15分ほど煮たら、味見をして砂糖と醤油で微調整して、火から下ろして冷ましながら味を染み込ませる。
  5. 食べる直前にもう一度温めて出来上がり。

●大きなイカだったので、エンペラとゲソは「わた煮」に回してもう一品作ってしまいましたが、一緒に煮る場合には、ゲソの吸盤のような硬い部分を包丁でこそぎ落としてから、適当に切って使ってください。 ●できれば前日に煮て冷蔵庫で保存しておくと、味が良く染みて手間要らず。 ●私はイカを煮る時には、ダシは使いません。 イカからのダシで充分な気がするので。 濃いダシ味がお好きならば、水をダシに置き換えてくださいね。 ●サトイモはぬめりがあるので、落し蓋を使わなくても、勝手に煮汁が鍋の中で泡立つような感じになることが多いのですが、ぬめりが少なかったら落し蓋を使ったり、適宜鍋をゆすって煮汁を回すなど工夫してください。

丁寧に作る方のレシピなぞを読んでいますと、一度イカに火を通してすぐに引き上げ、もう一度出来上がり直前にイカを煮汁に戻して作ったりなさいます。 私はあんまりイカの煮物で硬くなった経験が無いせいか、いつもどっぷり煮込んでしまいます。 味が染みこんだイカと、イカの味を吸い込んだ野菜という、この組み合わせが好きなんだと思いますね。 確かに上品というよりは、おふくろの味的な大雑把な「家庭の煮物」かも。 ・・でも、ご飯には合いますよ。 あっ、お酒にも、ね。     

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2011.09.18

更新

実家の母が「私たちもいつ神様のお呼びがかかるか分からない歳になったので、自分で歩ける間に兄妹のお墓参りに行っておきたいから、連れていってくれないか。」と、言うので、両親と一緒に長旅へ、富山県の魚津市まで。 朝、池袋駅で待ち合わせしてからJRで移動し、駅からレンタカーを私が運転して、母の妹が眠るお墓へ。 海を眺めてちょっと観光をしたら、もう夕方だ。 こじんまりした温泉宿で一泊。 翌日にもう一度お墓に寄ってから、新潟へ移動する。 新潟には母の兄のお墓があるので、お参りをしてから本家(母の実家)まで送り届けた。 両親はそこで一週間近くお世話になりながら、移動の疲れを取ったり、懐かしい方々に会うなどした後、自力で東京まで戻ってくる予定で、私は一泊だけさせてもらい、先に戻って来た。

実の両親といえども、やはり年寄りとの移動はなかなか大変で、普段自分達だけでひょいひょいと飛び回っている状況とは全く別物の、独特の視点からの気遣いが必要とされる。 疲れたのは事実としても、こうして歳をとってきた両親の現実をちゃんと私の中で更新しておくには、とても良い機会だったのではないかと感じた。 これでもひと月からふた月に一度は、顔を見せつつ様子伺いに実家へ行っていたのに、長い時間一緒に居なければ見えてこない物も色々ある。

いきなり病気で倒れてから看病するのでは、親にも子にもお世話になる第三者も、それぞれが大きなギャップを抱えることになるので、問題が表面化し易いのは、義理の母を見送った経験から学習済み。 やはり小まめな「客観的な状況把握内容の更新」が物を言う気がする。

別にこれは世代間の話だけに留まらず、友人でも会社でも地域でも、ウェブ上のお知り合いでも、とにかく人と人の繋がりでは、全てに当てはまることなのではないだろうか。 相手と離れてしまうということは、つまりは、お互いについての更新がなされなくなったということだ。 そこには人間関係における「マメさ」が必要とされるだろうが、昨今ではウェブ・ツール上の「情報発信のマメさ」が「人間関係におけるマメさ」と同じ役割になりつつあるようで、なかなか大変な時代だな、とも、思ったりしている。 あまりにマメさを求められると、それが負担になったり、自分の首を絞めたりすることになりかねないし、だからといって「私はこれでいきます」と決めたところで、人間関係には必ず相手があることだから、加減が難しい。

なんとなくまだ旅の疲れが体の奥に残っている感じで食欲が無かったので、今朝は梨と無花果を食べた。 剥いている時には何も思わなかったのだが、食べながら「ああ、秋の味だなあ」と、しみじみした。 こんな風に私の中で季節が夏から秋に更新されてゆく。 あっさりと後味のきれいな甘味に、更新もこんな風に穏やかに、少し薄ぼんやりしたくらいの刺激だとありがたいなあ、と、そんなことを思いながら食べていた。

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2011.09.17

虹を見たかい?

『ますたあ』と沼津へ行った。 台風の影響なのか、雨雲がまばらに飛んで来ているようで、土砂降りの後で5分も経たない内に青空が広がっているというような、慌しい天気が続いていた。

ザーッと降ってパッと晴れる。 やがて、ハンドルを握っている『ますたあ』が、「あっ!虹だ。」 市街地の上に大きな虹が。 その上、虹までの距離がとても近くて驚く。 路地を曲がった辺りの里山まで移動したら、本当に登れてしまいそうなのだ。 「虹を見たのもずいぶん久し振りだけど、こんなに近くで見るのは生まれて初めてかも知れない」、と、興奮する。

すぐにまたザーッと激しい雨が降り、またまた日差しが差し込んだ。 「また出てるんじゃない?虹。」の声に辺りを見渡すと、やっぱりお日様と反対方向に立派な虹。 端から端までほぼ180度分で絵に描いた様だ。 しかも、今度は二重に架かっている。 すごい幅。 お見事としか言い様が無い感じ。 騒ぐのも忘れて、ただひたすらに「うわー・・」と、見上げる。

なんだか、もう、一生分の虹を見てしまったような気がした。 こんなこともあるんだな。 虹のスケールの大きさに圧倒されて、人間なんてちっぽけなものだな、と、心から思った。

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2011.09.05

てっそん

ちんたらした台風のおかげでずっと雨続き。 梅雨時よりもよっぽど湿気っぽい。 ジメ~っとした日が続くと、気分までジメ~っとつられてくるのが不思議で、家の中全体にもったり感が漂っている。

「夏の疲れ」だけでは根拠が薄いような、体調の変化を身に染みて感じているのも事実で、更年期障害とか加齢とか俗に言う「年」なんだなあ、と、思う。 実家の母に話したら、「あら、そうなの? まだまだこれからよ。 慣れてくるから大丈夫。 でも、何故か十年単位でカックンと来る時期があるのよね、ははは。」だそうだ。 ハイ先輩、よく覚えておくことにします。

兄からメールが届き、原発事故や暑さの中、大きなお腹を抱えていた姪っ子が無事に出産したとのこと。 良かった。 「姪の子供」はどう呼ぶのかと調べてみたら「てっそん(姪孫)」らしい。 てっそん??・・なんだよそれ、初めて聞いたぞ。 音の響きに違和感が強い。 会話の中で出てきたら、「はぁ?」とか言ってしまいそう。 知らない日本語がいっぱいあるなあ。

生まれてくる命の力、減退してゆく命の力。 こんな風にして時代は進み、だんだん年をとってゆくのだな、と、思う。 あまり嫌な感じではなくて、ふっと肩の力を抜いて達観したような気分なのが不思議だ。(現実に達観できているわけではないのに。)

天気予報では明日はやっと晴れるらしい。 とりあえず大洗濯大会からかな。 気分も体もすっきりできると良いけれど。

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