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2011.10.30

秋も深まる

今日は午後から雨。 日が陰ると急に肌寒くなる。 外に出ていたのだが、早々に帰って来た。 この気温差、秋だなあ、と、つくづく思う。 この辺りではまだ紅葉には早い印象で、山桜やケヤキなどがやっと色付いてきた程度だ。

窓の外に大きなカマキリがとまって、じーっと動かない。 動かないのか、動けないのか、カマキリの気持ちは判らないが、こちらが窓を開けようが、すぐ傍を通ろうが、全くお構いなしで、まるでブローチのようだ。 数日経って、こちらが気にするのにも飽きて見慣れてしまい、忘れた頃に、それでも30センチくらいいつの間にか動いて場所を変えている。 とっても気の長い「だるまさんが転んだ」みたいだな、と、思う。

いつの間にか温かい飲み物でほっこりするような時期になっていた。 もうすぐまたワサワサと落ちる枯葉と対峙する毎日になるのだろう。 新しい竹箒を用意しておかなくては。

目の前に11月。 敢えて「早いな」と思う気持ちを封印して、顔を上げて早足に歩いた。

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2011.10.26

こちらは生まれつき、です。

● ラグビーのワールドカップの決勝戦を見ながら、何か別のスポーツを見ているような不思議な感じをおぼえた。 確かにラグビーなんだけれど、ラグビーじゃないような、ねじれた感覚。 放映が夜中だったから、多分私の方が半分寝ぼけていたとかのせいだったんだろうな。 日本のトップリーグも、やっと始まる。 あのねじれた感覚は何だったのか、探りながら見てみたい。

● このところ朝方にきまって悪夢を見て、寝起きの気分が悪い。 単なる恐怖なら一時のことと割り切れるのに、自分の心の内側をえぐるような、自分のダークな部分を集約して圧縮して濃く濃く搾り出したような夢なので、対応に苦慮している。 別に凄いストレスに曝されているとか、そんな原因になりそうなことは何も無いんだけどな。 誰かの強い怨念でも背負っているのか? 謎。 多分唯一の対策は、暗い内でも一度目覚めたら二度寝しないことだ。 どうやらそこまでは問題ないようなので。 でも、まだ早いし暗いし寒いし・・なんて、だらだらしていると、いつの間にかまた寝てしまうんだよな。 明日こそは意思を強く起き上がってみよう。

● 史実(とされている事柄)を紐解いて、その断片に触れるにつけ、人間はそれこそローマ時代からなーんにも変わっちゃいない、と、頭を抱えたり、逆に開き直ったりしている。 ・・ああ『ユーロ』は一体どこへ行くのか。 

● 初めて会った医師をしている人に、「プレドニンでも飲んでおられます?」、と、間違えられる。 ええ、ええ、どうせ生まれながらのムーンフェイスですとも! そこまであからさまに指摘されてしまうと、少なからずダメージが。 (えーっと、ですね、プレドニンなどの副腎皮質ホルモン剤を長期に服用しなくてはならない病気を持っている人は、稀に副作用で顔がまん丸になることがあるんですね。 それをムーンフェイス様顔貌と呼ぶんです。) 知らんがな、もう!  

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2011.10.22

トウチを使う

久しぶりに中華食材(と言うより、調味料か。)のトウチを買った。 ホイコウロウなどの炒め物に入っている黒い粒々、あれだ。 日本の食材の浜納豆がよく引き合いに出されるものの、私は肝心の浜納豆を食べたことが無いので、なんとも。 大豆を発酵させて作るらしく、うまみが充分なのは当然としても、香りも結構強い。 数時間後にトイレに行くと、自分から排出された物の匂いで、「あっ、トウチが使われていたんだっけな」、と、はっきり分かるほどだ。(汚い表現でごめんなさい。) なので、もちろんストレートに「トウチ炒め」で使うのも王道だが、私はもうちょっと控えめに、裏方に徹する感じで使うのが好きだ。

 鶏肉のマヨネーズ炒め

  • 鶏胸肉         一枚
  • ブロッコリー      半株
  • 薄力粉又は片栗粉  大さじ2
  • マヨネーズ       大さじ1と半~大さじ2
  • 醤油          小さじ1弱
  • 砂糖          小さじ半分
  • トウチ          小さじ2
  • ニンニク        半片
  • ショウガ        少々
  • 唐辛子         少々
  • 酒又は紹興酒    大さじ2
  • サラダ油        適宜
  1. 鶏肉は皮を剥がして、筋に沿って大きな2ブロックに切り分けてから、それぞれ繊維に沿って長さ5cm、幅と厚み1cm程度の棒状に切る。 ブロッコリーは小房に分けて、軽く湯通しするか、ラップして電子レンジで2分弱ほど加熱。 ニンニクとショウガはみじん切り。
  2. トウチはまな板の上で包丁の腹で押しつぶしてからみじん切りにする。 マヨネーズと醤油、砂糖は予め合わせ混ぜておく。
  3. 切った鶏肉に酒をもみこんで、薄力粉を全体に絡めておく。(食品用ビニール袋の中で混ぜると片付けが楽。)
  4. フライパンにサラダ油を熱し、トウチ・ニンニク・ショウガを弱火で良く炒めて香りが立ったら、中火にして鶏肉を炒める。 表面に軽く焼き色が付いて概ね熱が通った所で、ブロッコリーを加えて更に炒める。
  5. 充分に素材が加熱されたら、火を止めて、調味料を合わせておいたマヨネーズを一気に加え、フライパンを煽って余熱で素材に絡めて、出来上がり。

●鶏肉は海老やタラ、イカ、カジキマグロ等に置き換えられますし、ブロッコリーの代わりにアスパラやカリフラワー、長ネギ、メークインじゃが芋、キノコ類等を使っても。 複数合わせても美味しい。 要はマヨネーズ味に合う素材なら何でもどうにでもなります。 ●小麦粉を使うと香ばしい感じに、片栗粉を使えばしっとりと柔らかい印象に出来上がります。 お好みで。 ●お子様が居られなければ、唐辛子の輪切り少々をニンニクを炒めるタイミングで使えば、きりっとした味に。 ●マヨネーズは加熱しすぎると分離しますので、火を止めてから余熱で和えてください。

トウチを使っていると必ず頭の中で、『♪お前のトーチライトで夜を照らそう』、という、佐野元春さんの曲が流れてきます。 トーチとトウチ違い。 当然、私のトウチ炒めは何も照らし出しませんけれど、『吠えつかれたら一緒に食べるとするか』! 

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2011.10.18

謎の「龍角散男」に思う

いつの間にかすっかり過ごし易い季節になり、暑い夏に「涼しくなったら・・」と言い訳しながら着手せずにおいたいくつかの案件を、端から片付けている。 おけげでちょこちょこと移動が多い。 上京したらしたで、あれもこれもと欲張ってしまいがち。 本来の用件以外のことでも余計に移動して走り回ってくる有様で、暗くなってから戻るとぐったりで情けない状況だ。 友人の一人が言っていた「疲れは、時間じゃなくて、移動距離に比例する。」という定理を思い出しつつ苦笑する。 その度に違う路線を使ってみたり、広い意味でのタウン&マン・ウォッチングみたいなものも重ねて楽しんでいるので、それはそれで無意味ではないのだろうと言い訳しつつ。

昨日は某私鉄の急行電車に乗っていたのだが、隣に座っていた二十歳そこそこに見える若い華奢な男性が、龍角散の丸い銀色の容器を膝の上に載せて、通過するふた駅に一度位の頻度で、あの付属スプーンで黙々と粉末を口に運んでいたので、相当驚く。 ガン見する勇気は無くても、隣に座ってそんなことをされたら、見ない訳にはゆかない状況で困ってしまった。 何故に龍角散・・しかも、あんな食べ方じゃあっという間に一缶空になるだろう。 苦いだろうに、とか、毒にならないか、とか、どこか精神的に病んでいるのか、とか、落ち着かずに時間を過ごした。 自分の中の「周囲を気にしない勇気」を試されている気がして。

そうなのだ。 上京すると、周囲に起こることをいちいち気にしていたら心が持たないことを、毎回思い出さされる。 見えるもの、入ってくる情報に対して、しっかりフィルターをかけて選んでいかないと、大変なことになる。 どれもこれもに普段と同じように向き合っていたら、とてもじゃないが「身が持たない」ならぬ「心が持たない。」 それだけ多くの情報や活気や変化に富んだ動的な街だということなのだろう、きっと。 逆に言えば、普段の山間での生活が、如何に放って置いたら静的かの証明とも言えそうだ。

お土産に貰って大事に抱えて帰ってきたアップルパイを、午後のお茶にいただいた。 私の好物のひとつ。 今シーズンは初めてだ。 「街の味だな」と味わいながら、「こういう物が簡単に買えるお店が沢山あって良いな」、と、思いつつ、「でも、簡単に買いに行けたら、毎日でも食べちゃいそうだな」、「それはそれで毒だな」、などと、付随して余計なことも思う。 その環境下では、自分の欲求に対するフィルター効果も試されることになるんだろう。 東京で育ち、暮らしていた頃には何とも思わなかったのだが、今となって改めて突きつけられると、ちょっと自信が揺らぐ。

日常の慣れとか習慣というのは、怖いものだ。 私だって東京に居たら謎の「アップルパイ女」になっているのかも。 でも、ちゃんとフィルターが機能している人々は誰も私のことを気にしないで、「ヤバイもの見ちゃったな」と思いつつも、見て見ぬ振りをしてくれるんだろうな。

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2011.10.08

銀木犀

庭先のギンモクセイがちょうど満開で、厨房の窓から芳香が流れ込んでくる。 だんだん嗅覚が慣れて麻痺してくるのが残念なのだが、別の部屋で過ごしてから厨房に足を踏み入れた時など、思わず深呼吸する。  うっとりするような良い香り。

当たり前のように毎日色々なことがあって、これまた当然のようにあちこち心を動かされて、考えて、選んで、時にはちょっと無茶してみたりしながら、それでもこんな静かで穏やかな秋の一日があると、まるで人生にほっと一息ついているみたいだ。

空が高い。 いわし雲もきれい。

気持ちに余裕がある時には、些細な事はそのまんま見逃せるもので、「まっ、いいか」などとも簡単に思えるというのに、日ごろの自分を省みると、いかに多くのくだらない事に引っかかっていることやら、と、呆れる。 今日は視点まで秋空の遠い所にある。

ギンモクセイの香りを深呼吸して、内部から浄化してもらっているような気分になっている自分を見つける。 くだらないものを溜め込まないように、心に満たしておこう。 

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