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2011.11.13

山クラゲの冬支度か

毎年恒例の落ち葉の時期となり、連日竹箒を抱えてわさわさと掃きまくっている。 玄関先のルーテシア嬢(ウチの愛車)の上にも、「散らばる」と呼ぶにはちょっと難があるくらいの落ち葉が毎日張り付いていて、取っても取っても翌朝には元通り。 とは言え、本当に放っておけばそれなりの量に膨れ上がってゆく訳で、内心は「もーう!!」だが仕方なく付き合う。 本当は屋根のある車庫でも用意してあげるべき所を端折ってしまっているのはこちらなのだから、まあ仕方が無い。 せめてもの罪滅ぼし。

先日、物のついでで、そう遠くない所にある農業高校の文化祭を覗いてきた。 物販が相当人気な様で、長蛇の列ができていて驚く。 模擬店の他、牛乳やジャム・クッキーなどの加工品、花の苗や野菜、果物などなど。 学生さんよりもPTAの方々の気合が上回っていたような気がしなくもないが。 展示や体験などをやっている校舎内は人も多くなく、お店の集まる中庭ばかりが長蛇の列でアンバランスな印象。 物販強し!という感じだった。

日々の実習や学習の中で学んだことや、実験したことなどが手描きの模造紙で展示発表されていたのを、興味深く読む。 なさっていることや選んでいるテーマは、なかなか面白い目の付け所なのでは、と、感心させられたものもあったが、それに対して「結果」と「評価」が弱くて残念だった。 「考察」の仕方とか、文献の使い方とまでは言わないけれど、せめて情報の集め方や過去の情報との比較の仕方、ごく簡単で良いから統計学的手法を使ってのまとめ等、ちょっと手を加えてまとめ直したら、そこそこの研究っぽく仕上げることも出来ていたのではないだろうか。

・・と、現場にいない者は何とでも言えるわな・・。 失礼しました。

テーマの選び方もさることながら、やっぱり大事なのは「考察」と「まとめ」、広い意味での「評価」だと、つくづく思う。 日々の暮らしの中の一見なんでもない事でも、そこから何を学び明日にどう活かすかの積み重ね次第で、人生は変わってしまうのだ、きっと。

あー、何だかため息が出る・・。 複雑な気持ち。

今、山の麓の集落の方からいただいたシイタケを、縁台に広げて干している。 その上には軒先に渋柿がぶら下げられていて、干し柿を作成中。 この二人の役者が揃っただけで、急に景色が田舎っぽくなり、苦笑してしまった。 秋の晴れ間を有効に活かして冬の準備をするのは当然のことなのだけれど、たまに自分が何時の時代に暮らしているのか判らなくなるような、変な感覚に襲われてしまう。 この辺りの方々と接していると、生活や価値観が「現在」からちょっとワープしているような妙なずれを自覚することがあって、時折混乱する。 ウェブなどで暮している場所以外の友人や知人、それに「情報」と繋がることは、そのずれを修正する大事な機会だったりもするのだ。 時間のずれの間に、ゆらゆらと自分は生活している。 クラゲみたいに。

信じられない「ぐうたら」において、まだちゃんと冬物を手元に出していない。 厚手のトレーナーやパーカーなどで凌いできたものの、さすがに寒さが厳しくなってきたから、ちゃんとやらなくては。 温かさと寒さの間でゆらゆらとなんとなく済ませてしまってきたクラゲも、そろそろ冬支度。

そうだな、どことなくクラゲっぽいな、自分。 ゆらゆらしているし、柔らかくて水っぽくて、その上、顔丸いし・・。 

  

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