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2011.12.03

岳父

この時期には「喪中につき・・」というお決まりの葉書が、毎日ポストに落ちる。 今年は例年に無く届けられる数が多くて、しかも近しい人からのものが目立っている。 いつからということも無く、何とはなしに「自分達もいつの間にか親を看取る世代になったんだなあ」とは感じてはいたが、葉書が届けられることで、それが現実のものとしてまざまざと身近に思えて、ずっしり重たい。 急に冷え込んだ気候と相まって、胸に沁みる。

印字されていた「岳父」という単語に見覚えが無く、調べてみたら「奥様の(実家の)お父様」を指す言葉だそうだ。 既婚者の場合、喪中葉書はご主人の立場で書かれているので、わざわざそのような呼び方になるらしい。 これだけ結婚も夫婦のあり方も男女平等に見える世の中になっていても、まだこんな風に「あちらの家に嫁ぐ」といった昔ながらの形態を引き摺った習慣や言葉が、隠された罠の様に日常の何気ない所に潜んでいるのだなあ、と、つくづく思った。

私と同性の女性で既婚者の友人や知人は、実家のご両親を見送ることになっても、その時にはわざわざ知らせない事がほとんどだ。 男性の既婚者は知らせる方が多いのに。 多分これも嫁という立場故なんだろう。 年末の喪中葉書でいきなり知る事も多くて、「大変な時にお役に立てなかったな」と、後から残念に思いながら祈るしか術が無い。

調べてみれば、後からお悔やみを持って行っても、それを喪主や実家サイドに届けて、それからまた返礼などといった手間を余計にかけることになってしまうので、どうしてもという場合は「忌中お見舞い」という形で、お嫁さんである友人の好物などを贈ってあげる方法があるという。 なんともややこしい感じは否めないが、お嫁さんの立場にある人を慰めてあげたいのが、目的の本望であることは確かなので、それで割り切れば良いのかも知れない。

どうもこの手の常識に疎いので、日頃から苦労している。 常識を知った所で、自分が納得できないのなら、実は知らない方が拘らずにすむ分だけ幸いなのだ、と、いうことにしておきたいのが、正直な気持ちだ。

静かに祈る。 天に召された方々の為に、見送った方々の為に。 祈りの内にしんと静まった私は、きっと冬の空気にすっぽりと埋もれていて、今の季節に相応しいに違いない。 自分が冬のパーツのひとつになっていると自覚する瞬間がある。

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