2009.11.02

自然はそんなに甘くない

敷地の一角に謎のキノコが群生しているのを発見する。 初めて見る相手。

上から覗いた様子はシイタケに良く似ているが、軸や傘の裏は全く異なっており、しかも、鼻を近づけるとなかなか芳しい「いかにもキノコの芳香」がする。 むふふ、食べられるのだったら、調理一回分くらいは余裕で集まりそうな量だ。 「さて、あなた何者??」と、早速ネット検索に取りかかった。

結果としては、よく見かけられる種類らしく検索は比較的容易だったものの、相手はなにせキノコである。 念には念を入れて画像横断検索を繰り返し、「よし、間違いない!」と自信が持てるまで小一時間すったもんだしていた。

一応「食べられるキノコ」に分類されており、とても良質なダシが出るらしい・・のだけれど、非常に残念なことには、「人によっては嘔吐や下痢などの消化器症状が出ます」、と、ある。 個人で運営なさっている某サイトの管理者さんは、「毎年楽しみに食べていたのですが、家族の中で私だけ必ずやられるので、今後は泣く泣くこのキノコから撤退することにしました」、だそうだ。 うーん、「人によって」かあ。

まあそこまでリスクを冒して食べるものでもなかろうと、諦めてはみたもののすっきりしない。 「毒キノコ」なら「毒キノコ」で諦めも付こうものだし、「食べられるキノコ」ならもろ手を挙げてラッキー!と喜べるところを、「人によって」とはいかにもどっちつかずの感じが否めない。

一番残念だったのは、その、いかにもという感じの中途半端さだった。 そんなには世の中甘くないわなあ。

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2009.03.16

妙な風物詩

不思議なもので、毎年春が来ると庭に漂ってくる匂いがある。 たくあんの匂いを薄めたようなもので、漬物工場の周辺地域でも匂ってきそうな種類のものだ。 人工的な匂いではないので不快感は無いが、いったい何なのかは気になるような匂い。

はじめはどこかの下水管や浄化槽の問題かと思っていたが、どうやらその線は否定された。 次にコンポストの中身を土に帰すために土中に埋めるので、そこが発生源かと考えたが、それも違っているようで、どこから来る何の匂いなのか、いまだに判らずじまい。 それでもお約束のように毎年、春の一週間ほどに限定して漂う。

昨日、今年初めてその匂いを感じた。 そして、今日もしっかり漂っている。 「春になったんだな」、と、つくづく思った。 首を傾げたくなる妙な風物詩。

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2007.07.15

とても敵わない

台風が去った。 さすがに早朝までは嵐だったものの、予想していたよりも早く雨が上がった。

こんな時に真っ先に雨が終わったことを知らせるのは、小鳥たちである。 その中でもウグイスはダントツで、降り止むやいなやホーホケキョとくる。

本当に不思議だと感心するのは、小止みになっただけで数分後にまた降り出すような場合には、決して鳴かない。 なのに、どんなに雲が低くても、『もうこれ以降は降らない』という状況では、ちゃんと必ず鳴くのである。 ウグイスに限らず、山の野鳥たちは本当に敏感! なので、私も、雨戸や窓を開けるタイミングを教えてもらっている。 そして、教えてもらったタイミングは、はずしたことが無い。 百発百中とは、まさにこういう事を指すのだと思う。

何をトリガーにして雨が上がったことを知るのか。 私には全く想像できないのだけれど、その感受性の強さに、とにかく凄いなあ・・と、感心させられっぱなしだ。

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2007.04.24

ごめん、そういうことだったのね。

雑木林の中のトレッキング・コースを歩いていたら、数メートル先で、バタバタと一羽の小さな鳥が驚いて飛び立ち、木の枝にとまった。 一息遅れて同じ場所から、いかにもぶきっちょな飛び方で、羽の色が違うコロコロに太ったもうひと回り小さな小鳥が飛び立つ。 高くは飛べないらしく、私の目線ぐらいの高さの枝に辛うじてとまった。

後から飛び立ったのは、どうやら幼鳥らしい。 野生の鳥の持つ『精悍な感じ』が無く、どちらかと言えばボーっと枝に止まっているように見えて、首を傾げるしぐさが愛らしい。 立ち止まって見とれていると、先の飛び立った方がいきなり美しい声でさえずり始めた。 こちらを恐れることなく、見事な大きな声で唄っている。 思わず聞き惚れる。 こんな近くで見事なさえずりを披露してもらったのは、初めての経験だ。 小さな体全体を揺らしながら、鳴き続けている。 それはそれは見事なさえずり。

「同じ場所から飛び立ったし、あっちはこの幼鳥の親鳥かな・・?」、と、思った時、「あっ!!。」 気がついた。 

この親鳥は私の関心を惹こうとして必死なんだ。 子供を守ろうとして、だから一生懸命鳴き続けているんだ。 うわー・・気の毒なことしちゃった・・。

そそくさとその場を離れた。 ごめんごめん・・気付くのが遅くて。

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2005.09.20

感心

秋は蜘蛛の巣が目立つ。 低木の枝の間を繋ぐように大きな網の目状の巣が張り巡らされ、それぞれの中心に頭を下にして蜘蛛が陣取っている。 早朝は蜘蛛の巣に細かい水滴がのって、まるで作りの良いレース編みがきらきら輝いているようで、思わずうっとりする。

さて、洗濯物を干していたら、その蜘蛛の巣の傍で、オオスズメバチがホバーリングするように空中で止まっているのが見えた。 何をしているのか?と、しばらく観察していたら、なんと自ら蜘蛛の巣に突っ込んで行った。 いくら威勢の良いスズメバチと言えども、蜘蛛の巣にかかってはそこそこ引っかかる。 しかし、動けなくなる程ではないので、ちょっとジタバタすれば容易に巣から逃れることもできる。 で、近くの枝に逃れてから、器用に口を使って脚や羽に絡んだ蜘蛛の巣を掃除。 一休みが終わると、またホバーリングして、やがて、また巣に突っ込む・・その繰り返しのようだ。 当然、蜘蛛の巣には大きな穴が増えてゆく。

何回かの後、自分で破いた蜘蛛の巣の穴を使って、スズメバチは中央の蜘蛛に襲いかかり、あっという間に射止め、丸抱えにして飛び去ってしまった。

スズメバチが蜘蛛を捕食するなんて知らなかったので驚くと同時に、その用意周到さ、要領の良さに感心すること然り。 良く見ているとオオスズメバチ以外の蜂も、同様の手順で蜘蛛を捕食している。 アシナガバチ、キイロスズメバチでも見ることができた。 ふーん・・。

やはり蜂は賢いんだな。

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2004.12.02

焚き火

焚き火をした。 枯れた木の枝が朽ちて、台風や大風で自然に落ちてきたものを集めておいて燃やす。 一年間集めておくと、そこそこの量になる。 今年は年老いた山桜の木が一本枯れてしまったので、たくさんの枝が落ちた。

昔だったら燃料として使ったことだろう。 パチパチと燃える枝からは、天然の、どこか懐かしいような匂いがして、心が落ち着く。 火が大きくなり過ぎないようにコントロールしながら、2時間近く付きっきりで世話していた。 徐々に変化してゆく火が相手なので飽きないし、のどかな作業だった。

年をとって、やがて土に戻る。 それがやがて、新しい命の源になる。 当たり前のように繰り返してゆく、生命のサイクルの不思議さ。 逆らわずに、自然にそのサイクルに則ってゆく姿を、今の人類は地球に強く求められているのかも知れない。

枯れていった山桜が、一昨年の春に満開だった姿を、何となく思い出していた。 クリスマスリースが環の形をしている意味を、もう一度考えたい。

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